「うちの店、売るなら店舗だけがいいのか、会社ごとがいいのか」——飲食店の経営者からよく受ける質問です。結論から言うと、賃借物件の小規模店舗では事業譲渡、複数店舗を運営する法人では株式譲渡が検討されることがありますが、実際には賃貸借契約、許認可、債務、従業員、税務などを踏まえて判断します。相場は「時価純資産+実質利益の2〜3年分」が目安とされますが、実際は案件により異なります。

この記事では、店舗売却と会社売却の違い、価格の決まり方、そして飲食業ならではの注意点を解説します。

店舗売却と会社売却は何が違うのか

飲食店のM&Aには大きく2つの方法があります。

店舗売却(事業譲渡)は、店舗の内外装・厨房設備・仕入先との契約・スタッフの雇用などを個別に買い手へ引き継ぐ方法です。会社という「箱」は売り手の手元に残るため、複数店舗のうち1店舗だけを売る、といった部分的な売却がしやすいのが特徴です。買い手側から見ても、簿外債務(帳簿に表れていない負債)を引き継ぐリスクが小さいため、個人開業を考える買い手や、同業の小規模チェーンに好まれやすい方法です。なお店舗売却の場合、以前は買い手が飲食店営業許可を新たに取得し直す必要がありましたが、2023年12月の制度改正により、事業譲渡による地位承継の届出で新規許可の取得を省略できる場合があります。営業の全部または一部の譲渡、許可の種類、施設変更の有無などによって取扱いが異なる場合があるため、譲渡前に所管の保健所へ確認しておくことが重要です。

一方会社売却(株式譲渡)は、法人の株式を買い手に譲渡することで、法人の権利義務を丸ごと引き継ぐ方法です。複数店舗を一括で承継できるほか、賃貸借契約や許認可(飲食店営業許可など)も原則として法人に紐づいたまま継続するため、店舗数が多い場合や、賃貸物件の名義変更手続きが煩雑な場合には会社売却のほうが実務的にスムーズです。ただし許認可の承継要件は自治体や業態によって細部が異なることがあります。一般論であり最新の要件は所管庁に確認することをおすすめします。

どちらが向いているかは、店舗数・物件の契約形態・簿外債務の有無によって変わります。判断に迷う場合は、早い段階で専門家に相談することをおすすめします。

飲食店の相場——時価純資産+実質利益の2〜3年分

飲食店のM&Aでも、基本となる計算式は他業種と同じです。

売却価格の目安 = 時価純資産 + 営業権(実質利益 × 2〜3年)

時価純資産は、貸借対照表の純資産に、厨房設備や内外装などの含み損益、保証金・敷金の回収可能性、在庫(食材)の実在性などを反映させた金額です。営業権は将来の利益への上乗せで、実質利益はオーナー社長の役員報酬を相場水準に調整し直した金額を使います。

飲食業は他業種に比べて年数の目安がやや短く、2〜3年分にとどまるケースが多いとされますが、条件により異なります。理由は後述する「属人性」と「業態の陳腐化リスク」にあります。詳しい計算式の考え方は会社売却の相場はいくら?でも解説していますので、あわせてご確認ください。

数値例で見る飲食店M&Aの価格

具体的な数値例で計算の考え方を確認してみましょう。純資産8,000万円、実質営業利益1,500万〜2,000万円の飲食法人(複数店舗運営)を仮定します。これはあくまで計算構造を示す一例であり、実際の年数や評価額は収益力・立地・設備・賃貸条件・属人性などで変わります。2〜3年は一般相場を示す数値ではありません。

仮に営業権を利益の2〜3年分とすると、1,500万円×2年〜2,000万円×3年で3,000万〜6,000万円の営業権となり、時価純資産8,000万円を加えた売却価格の目安はこの仮定例で1億1,000万〜1億4,000万円です。ただし実際の評価は店舗ごとの個別要因を踏まえて算定します。

ここから仲介手数料を差し引いたものが手取りです。手数料は仲介会社により異なりますが、当社の場合は移動総資産(譲渡価額に役員借入金などの有利子負債を加えた額)を基礎とするレーマン方式で算定しており、5億円以下の部分は5%、5億円超10億円以下は4%、10億円超50億円以下は3%、50億円超100億円以下は2%、100億円超は1%を乗じます。最低報酬は500万円(税別)で、基本合意時には成功報酬見込額の10%を中間金としてお支払いいただき、成約時の報酬に充当する仕組みです。上記のレンジであれば最低報酬の500万円程度が目安になるケースが多くなります。手数料体系は仲介会社ごとに異なるため、契約前に書面で確認することが欠かせません。

個人株主が一般株式等を譲渡する一般的なケースでは、株式譲渡で売却した場合の譲渡所得に、所得税15%・住民税5%・復興特別所得税を合わせて約20%の税率がかかります。実際の税額計算や事業譲渡との税負担の違いは、個別の状況によって変わるため、税理士等の専門家に確認することをおすすめします。なお、店舗売却(事業譲渡)を選んだ場合は、資産の譲渡が消費税の課税対象になり得る点にも注意が必要です。詳しくは事業譲渡の消費税に注意で解説しています。

また、会社名義の借入に売り手経営者の個人保証が付いている場合、株式譲渡だけで保証が自動的に解除されるわけではなく、借入自体は株式譲渡後も会社に残ります。保証の取り扱いは早い段階で金融機関と協議しておく必要があります。詳しくは経営者保証はM&Aで解除できるかをご覧ください。

価格を左右する飲食業ならではの要素

飲食店の評価には、他業種以上に強く影響する要素がいくつかあります。

第一に属人性。オーナーシェフの技術や人脈に売上が依存している店は、オーナー交代後に客足が落ちるリスクがあるため評価が下がりやすくなります。逆にレシピが標準化され、誰が調理しても同じ品質を出せる仕組みがある店は評価が上がります。第二に立地と賃貸借条件。好立地で家賃が相場より安い、あるいは長期契約が残っている物件は、それ自体が営業権の一部として評価されます。第三に業態の耐久性。流行に左右されにくい定食・居酒屋業態は評価が安定しやすく、トレンド依存の高い業態は短期的な数字だけで判断されやすい傾向があります。第四にスタッフの定着率。パート・アルバイトを含めた人員体制が引き継げるかどうかは、買い手にとって重要な判断材料です。第五に衛生・労務管理の記録。保健所への届出状況や労務関係の書類が整理されているほど、買い手は安心して価格を提示できます。

これらは売却の1〜2年前から改善に着手できる項目でもあります。特にレシピのマニュアル化とスタッフ体制の安定化は、価格に直結しやすい磨き上げです。

複数店舗の場合の考え方

複数店舗を運営している場合、全店舗を一括で会社ごと売却する方法のほか、不採算店舗を先に閉店・整理してから優良店舗だけを会社に残して売却する方法もあります。どちらが手取りを最大化できるかは、各店舗の収益性や賃貸借契約の残存期間によって異なるため、決算書を店舗別に分解して検討することが重要です。

なお、店舗ごとの収益力が見えにくい場合、買い手側は保守的な評価をせざるを得ません。店舗別の損益を日頃から把握しておくことは、売却時の価格交渉においても大きな武器になります。

買収を具体的に検討する段階では、飲食店特有のデューデリジェンス(DD)も欠かせません。賃貸借契約の残存期間、厨房設備のリース契約、未払残業代などの労務リスク、営業許可の承継可否は、価格交渉の前に確認しておきたい代表的な項目です。DD全体の進め方や費用感は買収監査(DD)の費用相場と依頼先の選び方で解説しています。

よくある質問

Q. 賃貸物件でも会社売却はできますか。
できます。ただし賃貸借契約の名義変更や連帯保証人の切り替えについて、事前に貸主の承諾を得ておく必要があります。契約書の条項を早めに確認しておくとスムーズです。

Q. 飲食店営業許可は引き継げますか。
会社売却(株式譲渡)の場合、許可は法人に紐づいているため原則として継続できます。店舗売却(事業譲渡)の場合も、2023年12月の制度改正以降は地位承継の届出により新規許可の取得を省略できるケースがあります。詳しい取扱いは、営業の全部または一部の譲渡、許可の種類、施設変更の有無などによって異なる場合があるため、譲渡前に所管の保健所へご確認ください。

Q. 赤字の店舗でも売れますか。
立地や設備、スタッフ体制に価値がある場合は、赤字であっても買い手が見つかるケースがあります。役員報酬や節税目的の経費を調整すると実質的には黒字、というケースも珍しくありません。

Q. 売却の準備はいつから始めればよいですか。
決算書の整理やレシピの標準化には時間がかかるため、売却を検討し始めた時点、目安として1〜2年前から着手することをおすすめします。

まとめ——業態と店舗数で売却方法を見極める

飲食店のM&Aは、店舗数と物件の契約形態によって店舗売却と会社売却のどちらが適しているかが変わります。相場は「時価純資産+実質利益の2〜3年分」が一例とされますが、属人性や立地、スタッフ体制によって評価は上下します。まずは自社の決算書と店舗ごとの数字を整理することが、価格を正しく把握する第一歩です。年買法の考え方は会社が高く売れる年数の考え方でも詳しく解説しています。

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