中小企業のM&Aで会社の値段を話し合うとき、実務で最も使われるのが年買法(ねんばいほう。年倍法とも書きます)です。計算式は「時価純資産+営業利益の2〜5年分」——シンプルですが、この式の中身を正しく理解しているかどうかで、交渉の納得感がまったく変わります。この記事では、年買法の各要素を順に分解して解説します。
年買法の基本式
企業価値の目安 = 時価純資産 + 営業権(実質利益 × 2〜5年)
式は2つの部品でできています。前半の時価純資産は「いま会社を解散したら残る正味の財産」、後半の営業権(のれん)は「この会社が将来稼ぐ力への上乗せ」です。過去の蓄積と将来の収益力、その両方を1つの式で表現しているのが年買法の本質です。
部品①:時価純資産——簿価との違い
貸借対照表の純資産の部の金額を、そのまま使うわけではありません。帳簿価額(簿価)と実際の価値(時価)のズレを調整します。代表的な調整項目は次のとおりです。
まず不動産。何十年も前に取得した土地は、簿価と時価が大きく乖離していることがあります。含み益なら加算、含み損なら減算です。次に生命保険。貸借対照表の保険積立金と、実際の解約返戻金の差額を反映します。さらに、回収できない売掛金、価値のない在庫、退職給付の積み立て不足なども減算要素です。詳しくは時価純資産とは?で解説しています。
部品②:実質利益——決算書の営業利益を調整する
営業権の掛け算に使う利益も、決算書の営業利益そのままではありません。「新しいオーナーの下で稼げる本当の力」に引き直します。
最も大きい調整が役員報酬です。オーナー社長が相場より高い報酬(たとえば年3,000万円)を取っている場合、後任の経営者を年1,200万円で雇えるなら、差額1,800万円は買い手にとって利益になります。逆に、社長がほぼ無報酬で働いている会社は、適正報酬分を利益から差し引きます。ほかに、節税目的の保険料や交際費、事業に関係のない支出、一時的な特需や特損も調整対象です。
この調整で、決算書は赤字なのに実質利益はプラス、という会社も珍しくありません。
部品③:年数——2〜5年はどう決まるか
営業権を利益の何年分と見るか。この年数こそが交渉の焦点です。目安として、利益が安定し、社長個人に依存せず組織で回っている会社は4〜5年。平均的な会社で3年前後。業績の変動が大きい、社長への依存度が高い、市場が縮小傾向にある会社は2年程度、あるいはそれ以下となります。
つまり年数は「利益の確実性への評価」です。同じ利益2,000万円でも、3年評価なら営業権6,000万円、5年評価なら1億円。この差を埋めるのが、売却前の磨き上げ(組織化・依存度の低減)ということになります。
実質利益の調整項目——チェックリスト
実質利益の算出でよく使う調整項目を、加算・減算に分けて挙げておきます。利益に加算するもの:役員報酬の相場超過分、事業に不要な保険料、オーナー関連の交際費・会費・車両費、一時的な特別損失、過大な地代(オーナー所有物件を相場超で借りている場合)。利益から減算するもの:役員報酬の不足分(無報酬経営の場合)、一時的な特需・補助的収入、売却時に切り離す資産が生んでいた収益、相場より安い地代の適正化分。
ポイントは、「新しいオーナーの下で、この損益はどうなるか」という一点で判断することです。調整の根拠を資料で示せるほど、買い手との交渉で説得力を持ちます。
数値例で確認
簿価純資産8,000万円、土地の含み益2,000万円、営業利益(3期平均)1,500万円、役員報酬の超過分500万円の会社を考えます。時価純資産は1億円、実質利益は2,000万円。営業権を3年とすれば6,000万円で、企業価値の目安は1億6,000万円。買い手の評価が2〜5年で振れるなら、1億4,000万〜2億円がレンジです。
買い手は「回収年数」で見ている
年買法の営業権年数には、買い手側の合理性も反映されています。買い手にとって営業権は「純資産を超えて払う持ち出し」であり、その回収原資は買収後の利益です。営業権を利益の3年分払えば、回収に約3年(税引後で見ればさらに長く)かかります。買い手が「5年分」を了承するのは、5年後もこの利益が続くと確信できる場合だけ——つまり、年数交渉の本質は将来利益の確からしさの説得です。
売り手ができる説得材料は具体的です。継続的な契約(保守契約・定期発注・サブスクリプション)の一覧、主要顧客との取引年数、リピート率、受注残。こうした「利益の再現性」を示す資料が揃っている会社は、同じ利益額でも年数を伸ばせます。逆に、単発案件の積み上げで成り立っている会社は、利益の額より質を問われます。
EBITDAマルチプルとの関係
M&Aの情報を調べていると、EBITDA(利払前・税引前・償却前利益)の何倍、という表現も目にするはずです。これは主に中堅以上の案件で使われる指標で、考え方は年買法と地続きです。減価償却費を足し戻した実質的なキャッシュ創出力に倍率を掛ける点で、「利益の何年分」という発想は共通しています。
中小企業の実務で年買法が好まれるのは、時価純資産という「最低限の裏付け」が式に含まれていて、売り手・買い手双方の直感に合いやすいからです。どちらの物差しを使うにせよ、大切なのは同じ前提で比較すること。異なる方式の数字を混ぜて高い安いを論じても、話は噛み合いません。
年買法の限界も知っておく
年買法は分かりやすい半面、理論的な厳密さでは、将来のキャッシュフローを精緻に見積もるDCF法などに劣ります。大型案件や成長企業の評価では他の手法が併用されますし、最終的な価格は買い手とのシナジー(相乗効果)次第で目安を大きく超えることも、下回ることもあります。年買法は「交渉の出発点となる共通言語」と位置づけるのが正確です。全体の相場観は会社売却の相場はいくら?をご覧ください。
なお、ここでの計算は税負担を考慮する前の企業価値です。手取り額の検討にあたっては、税理士等の専門家に個別にご確認ください。
まとめ
年買法は「時価純資産+実質利益×2〜5年」。3つの部品(時価純資産・実質利益・年数)それぞれに調整の考え方があり、自社の数字を当てはめれば、今日からでも概算できます。
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