「会社を売っても、自分の個人保証が残るのではないか」——M&Aを検討する経営者が抱く不安の中でも、最も切実なものの一つです。長年の銀行借入に差し入れてきた個人保証は、経営者の人生に重くのしかかっています。結論から言えば、M&Aの実務では、譲渡と同時に経営者保証を解除する(または買い手側に切り替える)ことが標準的な交渉条件であり、多くの案件で実現しています。本記事では、保証解除の仕組みと段取り、注意点を解説します。

なぜ経営者保証はM&Aで解除できるのか

金融機関が経営者に個人保証を求めてきたのは、会社と経営者個人の一体性が強い中小企業において、経営への規律づけと保全のためでした。M&Aで株式が買い手に移れば、前の経営者はもはや会社を支配していません。支配していない会社の借金を保証し続ける合理性はなく、保証を外すか、新しい支配者である買い手(またはその経営者)に切り替えるのが筋です。

この考え方は、金融庁・中小企業庁が関与して策定された「経営者保証に関するガイドライン」でも明確にされています。事業承継時には前経営者と後継者の双方から二重に保証を取ることを原則として避け、保証の必要性を慎重に判断することが金融機関に求められており、近年は監督指針の改正等により、保証に安易に依存しない融資慣行への転換が進んでいます。M&Aによる第三者承継は、まさにこの枠組みの対象です。

解除の3つのパターン

パターン

内容

①借入の完済

譲渡代金や買い手の資金で借入を返済し、保証も消滅させる。最も確実

②保証の切り替え

借入は残し、保証人を買い手企業・買い手経営者に変更する

③保証なしへの移行

買い手の信用力を背景に、保証そのものを付けない条件へ借り換える

どのパターンになるかは、借入の残高、買い手の信用力、金融機関の方針によって決まります。買い手が上場企業や有力企業グループであれば③がスムーズに進みやすく、個人や小規模企業が買い手の場合は②の交渉が中心になります。いずれにせよ共通するのは、保証の解除は自動ではなく、金融機関との交渉によって実現するものだということです。

段取りが命——最終契約とクロージングへの織り込み方

保証解除の実務で最も重要なのは、段取りです。具体的には、①基本合意の段階で「クロージングまでに(または後、速やかに)売り手の経営者保証を解除する」ことを条件として明記する、②買い手と協力して金融機関に事前相談する、③最終契約書に保証解除(またはそれに向けた買い手の義務と、解除まで間がある場合の補償)を定める、④クロージングと同時または直後に金融機関の手続きを完了させる、という流れです。

注意すべきは、譲渡が終わってから「そういえば保証はどうなるのか」と気づくパターンです。株式を手放した後では交渉力が失われ、保証だけが残る最悪の事態になりかねません。保証の解除は、価格と同格の「絶対に落としてはいけない交渉条件」として、最初から仲介者に伝え、書面に残しながら進めてください。

解除が難しいケースと対処

保証解除が難航するのは、主に会社の財務内容が厳しい場合です。債務超過や返済条件の変更中(リスケ中)の会社では、金融機関が保全の後退に慎重になるためです。この場合でも、事業譲渡スキームで買い手からの対価により返済原資を作る、保証債務についてガイドラインに基づく整理を図るなど、取り得る道はあります。また、買い手の信用力が弱い場合には、金融機関が切り替えに難色を示すことがあり、買い手選びの段階から保証の出口を意識する必要があります。いずれも個別性の高い交渉になるため、金融機関との調整経験がある専門家の関与が有効です。

保証解除の交渉材料——ガイドラインが示す3つの視点

経営者保証に関するガイドラインは、保証に依存しない融資の条件として、①法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されていること、②法人の財務基盤が返済に十分であること、③金融機関への適時適切な情報開示、という3つの視点を示しています。M&Aの場面では、買い手グループの信用力と管理体制がこの要件を満たすことを示せれば、保証解除の説得力は大きく高まります。

売り手側でも打てる布石があります。会社と個人の貸し借り(役員貸付金・役員借入金)を整理しておく、個人名義の資産を会社が使っている状態を解消しておく、決算書の透明性を高めておく——これらは保証解除の交渉材料になると同時に、会社の評価そのものも高める一石二鳥の準備です。

よくある質問

Q. 保証解除を金融機関に相談したら、売却の噂が広がりませんか。
金融機関には守秘義務があり、M&Aに伴う保証の相談から情報が広がることは通常ありません。相談のタイミングと伝え方は、買い手・仲介者と協議して計画的に行いますのでご安心ください。むしろ事後報告のほうが金融機関との関係を損ないます。

Q. 担保に入れている自宅はどうなりますか。
自宅など個人資産への担保(根抵当権等)も、保証と同様にクロージングに合わせた解除を交渉します。借入の完済または担保の差し替えによって外すのが一般的です。個人資産と会社の借入の紐づきは、早い段階で一覧にして整理しておくと交渉が円滑です。

Q. 解除ではなく「免責的債務引受」という言葉を聞きました。
借入や保証の義務を買い手側が引き受け、売り手が義務から外れる法的な整理の一つです。手法の名称よりも、「クロージング後に自分に請求が来る余地が残っていないか」を契約書で確認することが本質です。文言の確認は弁護士のリーガルチェックを受けることをおすすめします。

Q. 信用保証協会付きの借入も解除できますか。
保証協会付き融資の経営者保証も、完済または保証人変更等により解除を交渉します。制度上の取り扱いは金融機関経由で保証協会との調整になるため、プロパー融資より手順が増えることがありますが、方向性は同じです。借入の一覧に保証協会付きか否かを整理しておくと、交渉の設計が速くなります。

Q. 保証が解除されるまで、売却代金は受け取れないのですか。
通常、譲渡代金の決済と保証解除の手続きはクロージングの一連の流れとして同時並行で設計します。解除の完了が決済後になる場合は、その間に保証履行を求められた場合の買い手による補償を契約に定めるなど、売り手が無防備になる期間を作らない工夫をします。段取りの設計こそ専門家の仕事です。

実務のポイント

経営者保証の解除は、M&Aがもたらす最も大きな解放の一つです。会社の対価を受け取り、保証と担保から自由になって、初めて本当の意味で肩の荷を下ろし、安心して引退できます。そのためには、①保証・担保の現状一覧の作成、②交渉条件としての早期明示、③契約書への確実な織り込み、の3点を徹底すること。保証を残したまま会社だけ手放す、という結末だけは絶対に避けなければなりません。保証と担保の整理は、売却価格の交渉と同じかそれ以上に、経営者自身と家族の人生を左右する論点です。検討の最初期から出口を設計しておきましょう。

保証から解放される売却を、設計します

メインバンクとの関係も踏まえながら、借入・保証・担保の状況を丁寧に伺い、保証解除まで見据えたM&Aの進め方を公認会計士・税理士がご提案します。相談は無料・秘密厳守。金融機関への相談の進め方からアドバイスします。

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