建設業は、後継者不在によるM&Aが最も活発な業種の一つです。経営者の高齢化が進む一方で、建設業許可や経営事項審査(経審)といった参入障壁があるため、「許可と実績を持つ会社」そのものに価値がつきやすいのが特徴です。本記事では、建設業のM&Aにおける価格の考え方、許可・経審の承継の実務、そして高く評価される会社の条件を解説します。
建設業のM&Aが活発な背景
建設業界では、経営者の高齢化と若手入職者の減少が同時に進行しており、技術者・技能者の確保が各社共通の経営課題になっています。買い手にとってM&Aは、施工体制と人材、そして地域での実績をまとめて獲得できる手段です。とくに、公共工事の入札参加資格や元請との継続的な取引関係は、新規参入では時間をかけても手に入りにくいため、買収の動機になります。
また、新たに建設業許可を取得するには、常勤役員等による適切な経営管理体制(必要に応じて財務・労務等の補佐者を含む)や専任技術者の配置といった要件を満たす必要があり、業種追加や営業エリア拡大を急ぐ会社ほど、「許可を持つ会社を買う」ほうが早いという判断に傾きます。売り手から見れば、自社が長年維持してきた許可・実績・人材が、そのまま価格の源泉になるということです。
価格の考え方——時価純資産+営業権が基本
建設業のM&A価格でも、時価純資産に収益力等を加味して算定する考え方が用いられることがあります。ただし、加算対象となる利益の基準や年数は一律に決まっているものではなく、案件ごとの個別事情によって異なります。建設業では、受注基盤や技術者の体制、許可の有無、工事の採算、設備なども評価に影響する点が特徴です。価格の考え方の全体像は会社売却の相場はいくら?もあわせてご覧ください。そのうえで、建設業ならではの評価ポイントが価格を上下させます。
- 有資格者の数:一級・二級の施工管理技士、監理技術者など。技術者の数が受注能力の上限を決めるため、資格者が多い会社は営業権の評価年数が伸びやすい
- 経審の点数と入札実績:公共工事の受注基盤は安定収益として高く評価される
- 元請・取引先との関係:特定の元請への依存度が高すぎると減点、複数の安定取引があれば加点
- 工事未収入金・未成工事支出金の中身:工事進行中の債権・原価の実在性はデューデリジェンスで必ず精査される
- 労務・安全管理の状態:未払残業や事故歴、社会保険の加入状況はリスクとして価格に反映される
なお、建設業では手持ち工事の完成度合いによって決算の数字が大きく揺れるため、単年度ではなく複数年の平均で実質利益を見るのが一般的です。
買収監査(デューデリジェンス)では、建設業特有の論点として、未成工事支出金・完成工事未収入金・工事未払金の実在性、工事案件別の採算(赤字工事の有無)、未払残業代等の簿外債務、一人親方や外注先との契約関係、保有する建設機械・車両の状態などが代表的な確認項目になります。DDの範囲や費用の目安は買収監査(DD)の費用相場と依頼先の選び方で解説しています。
建設業許可と経審は引き継げるか
株式譲渡であれば、会社の法人格が存続するため、建設業許可も経審の実績も原則としてそのまま維持されます。建設業のM&Aで株式譲渡が選ばれやすい最大の理由がここにあります。ただし、譲渡後も許可要件を満たし続ける必要がある点には注意が必要です。建設業許可の維持には、常勤役員等による適切な経営管理体制や、営業所ごとの専任技術者・工事現場の監理技術者等の配置が欠かせません。これらのキーパーソンが譲渡を機に退職してしまうと、許可の維持そのものが揺らぐため、M&A前に許可要件を維持できる人員体制を確認しておくことが重要です。キーパーソンの継続勤務は、買い手が最も重視する条件の一つです。
事業譲渡・合併・会社分割の場合は、株式譲渡とは異なり、許可の承継についてスキームごとに手続きが異なります。かつては許可を取り直す必要がある場合が一般的でしたが、建設業法の改正により、事業譲渡・合併・会社分割等について、事前に認可を受けることで許可を空白期間なく承継できる制度が整備されています。ただし、認可の対象となるか、必要な要件や審査期間がどうなるかはスキームや個別の事情によって異なるため、譲渡や組織再編のスケジュールを固める前に、許可行政庁(都道府県・地方整備局等)へ確認しておくことが欠かせません。経審の完成工事高などの実績承継も、スキームによって取り扱いが変わるため、公共工事への依存度が高い会社ほど慎重な設計が求められます。
また、事業譲渡では、原則として、車両・建設機械・建物等の譲渡は消費税の課税対象となり、土地の譲渡は非課税となるなど、譲渡する資産の種類によって消費税の取扱いが異なります。契約前に譲渡対価の資産別配分と税務上の扱いを確認しておくことが重要です。事業譲渡と消費税の関係は事業譲渡の消費税に注意で詳しく解説しています。
高く売れる建設会社の条件
同じ売上規模でも、評価が大きく分かれるのが建設業です。高く評価される会社には共通点があります。若手を含む技術者が定着していること、社長がいなくても現場が回る体制があること、原価管理が工事台帳レベルで整備されていること、そして安全管理・法令遵守の記録が残っていることです。逆に、社長個人の人脈だけで受注している、帳簿と現場の数字が合わない、といった状態は減額の材料になります。売却を視野に入れるなら、1〜2年かけてこれらを整えるだけで、営業権の評価は目に見えて変わります。
進め方の留意点——経営者保証・進行中工事・関係者への説明
建設業の経営者の多くは、借入や保証協会付き融資に個人保証を差し入れています。株式譲渡では会社の借入契約自体は会社にそのまま残るため、譲渡後も経営者保証が自動的に解除されるわけではありません。M&Aの交渉では、譲渡と同時に経営者保証を解除し、買い手側の保証や信用力に切り替えることが重要な条件になります。保証の解除は金融機関との協議・調整を伴うため、クロージングのスケジュールに組み込んで計画的に進める必要があります。経営者保証の解除の考え方は経営者保証はどうなる?で詳しく解説しています。
また、建設業特有の論点として、進行中の工事の引き継ぎがあります。工期中に経営者が交代しても施工体制や品質に影響がないことを、発注者や元請に丁寧に説明できる段取りが求められます。下請・協力会社への説明も同様で、開示のタイミングと伝え方を買い手と綿密にすり合わせることが、成約後の事業を守ります。長年の協力会社との関係は営業権の一部でもあるため、雑な開示で信頼を損なうことは価格を毀損する行為に等しいのです。こうした段取りの設計こそ、仲介者と専門家の腕の見せどころです。許認可・属人性・契約・経営者保証など、自社の売却準備状況を整理したい方は、M&A売却準備度診断で確認できます。
よくある質問
Q. 従業員10人未満の小さな工務店でも売れますか。
売れる可能性は十分あります。許可業種と営業エリア、技術者の存在が買い手のニーズと合致すれば、規模の小さい会社にも買い手はつきます。とくに専門工事業(電気・管・鉄筋・とびなど)では、職人の確保を目的とした小規模M&Aが増えています。大手仲介会社では最低手数料の関係で相手にされにくい規模でも、諦める必要はありません。
Q. 公共工事がメインです。譲渡で入札資格はどうなりますか。
株式譲渡であれば会社は同一のため、入札参加資格は基本的に維持されます。ただし、発注機関への変更届や、経審の再審査が必要になる場合があります。役員構成や資本構成の変更が資格の格付けに影響することもあるため、譲渡前に発注機関ごとの取り扱いを確認しておくと安心です。
Q. 赤字決算が続いていますが値段はつきますか。
決算書上の赤字だけでは判断できません。役員報酬やオーナー関連経費を調整した実質利益で見ると黒字という会社は多く、また許可・技術者・地域実績そのものに価値を見出す買い手もいます。手持ち工事と受注残があれば、それも評価材料です。まずは実質ベースでの収益力と時価純資産を把握することが出発点です。
Q. 個人保証付きの借入が多く残っています。売却できますか。
借入の残高そのものは価格算定に織り込んで交渉できますし、経営者保証は譲渡と同時の解除を条件として金融機関と調整するのが標準的な進め方です。借入が多いからと諦めるのではなく、負債を含めた全体設計として専門家に相談することをおすすめします。
Q. 息子は継がないが、幹部への承継も迷っています。
従業員承継とM&Aは二者択一ではなく、並行して検討できます。幹部の意欲と資金調達の現実性を検証しつつ、M&Aでの概算価値を把握しておけば、比較のうえで納得のいく道を選べます。時間だけは戻せないので、検討は同時に走らせるのが得策です。
実務のポイント
建設業のM&Aは、許可・経審・技術者という制度と人の論点が価格に直結する、専門性の高い分野です。売却を検討するなら、①実質利益と時価純資産による概算価値の把握、②技術者の定着と権限移譲、③工事台帳・労務管理の整備、の順で準備を進めるのが定石です。自社の概算価値を知ることが、すべての判断の起点になります。
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