「息子は継がない。従業員にも任せられる者がいない。それなら自分の代で畳むしかない」——後継者不在に悩む経営者の多くが、最終的にこう考えます。しかし、廃業とM&A(第三者への譲渡)では、手元に残るお金が大きく違うことをご存じでしょうか。同じ会社でも、廃業の手取りはM&Aの半分以下になることが珍しくありません。
この記事では、その差がなぜ生まれるのかを数字で比較し、廃業を決める前に確認すべきことを整理します。
後継者不在は「あなたの会社だけの問題」ではない
かつて事業承継といえば親族内承継が主流でしたが、いまや状況は一変しました。子どもに自分の職業を自由に選んでほしいと考える経営者が増え、親族が継ぐケースは大きく減っています。従業員への承継(いわゆるMBO・EBO)も、株式の買取資金や個人保証の引き継ぎがネックになり、思うように進まないのが実情です。
残る選択肢が、第三者への譲渡=M&Aか、廃業です。ここで多くの経営者が「うちみたいな小さな会社を買う人などいない」と思い込み、比較検討すらせずに廃業へ傾いてしまいます。まずは両者の手取りを冷静に比べることが出発点です。
廃業の手取りは、帳簿の純資産より大幅に少ない
「純資産が8,000万円あるから、畳めば8,000万円残る」——これが最大の誤解です。廃業では、資産を帳簿価額で現金化できません。
まず、機械設備や在庫は事業を止めた瞬間に「中古品・処分品」になります。帳簿上2,000万円の設備が、処分価格では数百万円ということも普通です。次に、廃業には費用がかかります。従業員への解雇予告手当や退職金、賃借物件の原状回復費、設備の撤去・産廃処分費、そして清算手続きの専門家費用。さらに、資産売却で利益が出れば法人税がかかり、残った財産を株主に分配する際にも課税があります。
結果として、簿価純資産8,000万円の会社でも、実際の手取りが3,000万〜4,000万円程度まで目減りするケースは珍しくありません。廃業コストの内訳は廃業のコストは意外と高いで詳しく解説しています。
M&Aなら「事業の値段」で売れる
一方、M&Aでは会社を「動いている事業」として売却します。価格の目安は、時価純資産に営業権(実質利益の2〜5年分)を上乗せした金額です。
先ほどと同じ、簿価純資産8,000万円・営業利益1,500万円の会社で比べてみましょう。廃業なら手取り3,000万〜4,000万円程度。M&Aなら、時価純資産8,000万円+営業権(1,500万円×3年=4,500万円)で売却価格の目安は約1億2,500万円。ここから仲介手数料と株式譲渡益への課税を差し引いても、手取りは9,000万円前後が見込めます。差は2倍以上です。
しかも、違いはお金だけではありません。廃業では従業員は全員解雇、取引先との関係も消滅します。M&Aなら雇用は原則引き継がれ、取引先との関係も、会社の屋号も存続します。長年連れ添った従業員の生活と、取引先への責任を守れることは、金額以上の意味を持つはずです。売却価格の考え方は会社売却の相場はいくら?で詳しく解説しています。
一覧で比較——廃業とM&Aの違い
ここまでの内容を、判断材料として一覧に整理します。
比較項目 | 廃業 | M&A(第三者承継) |
|---|---|---|
手取りの目安 | 資産の処分価格−廃業費用(簿価純資産を大きく下回る) | 時価純資産+営業権(事業の値段で売れる) |
従業員 | 全員解雇 | 原則、雇用を引き継ぎ |
取引先 | 関係消滅・迷惑をかける | 関係を引き継ぎ |
会社・屋号 | 消滅 | 存続 |
個人保証 | 借入を完済できなければ残る | 解除交渉が原則(引き継ぎが一般的) |
期間 | 数ヶ月〜1年 | 半年〜1年程度 |
心理的負担 | 「畳んだ」という区切り | 「託した」という区切り |
もちろんM&Aにも、相手が見つからないリスクや、交渉・引き継ぎの手間はあります。それでも、比較すらせずに廃業を選ぶ理由は見当たらない、というのが実務からの実感です。
よくある不安に答えます
「うちのような小さな会社に買い手がつくのか」——つきます。近年は個人や小規模法人による「スモールM&A」が広がり、譲渡対価数千万円の案件でも買い手候補は存在します。大手仲介会社は最低手数料の関係で小規模案件を受けないことが多いだけで、案件自体に需要がないわけではありません。
「従業員にはいつ伝えればいいのか」——原則、成約(最終契約)まで伝えません。早すぎる開示は不安と退職を招き、交渉が破談した場合の傷も深くなります。開示のタイミングと伝え方は、買い手と一緒に慎重に設計するのが定石です。
「借金があっても売れるのか」——借入があること自体は障害になりません。買い手は借入込みの全体像で投資判断をします。債務が資産を上回る債務超過の場合でも、事業に収益力があれば譲渡の道はあります。
廃業を選ぶ前に確認すべき3つのこと
第一に、自社の「事業としての値段」を知ることです。廃業の手取りと比較する材料がなければ、判断のしようがありません。決算書があれば概算は短時間で出せます。
第二に、時間の余裕を確認することです。M&Aは相手探しから成約まで半年〜1年程度かかるのが一般的です。社長が元気なうちに動き始めるほど選択肢は広がり、体調を崩してからでは足元を見られます。
第三に、誰にも相談していないなら、守秘義務のある専門家に話すことです。売却の検討が取引先や従業員に漏れると、それだけで信用問題になりかねません。相談相手は秘密保持を徹底できる相手に限定してください。
なお、廃業時・譲渡時の税負担は会社の状況によって大きく異なります。個別の判断にあたっては、税理士等の専門家に必ずご確認ください。
親族承継を諦めきれない方へ
「本当は息子に継いでほしい」という気持ちが残っている方も多いでしょう。その場合も、M&Aの検討は無駄になりません。自社の時価を把握しておけば、親族に承継する場合の株価対策や納税資金の計画も立てやすくなりますし、「継がせる」「売る」「畳む」の3つを同じ土俵で比較して初めて、家族での話し合いが具体的になります。選択肢を知ることは、どれかを選ぶことを強制しません。
まとめ——「畳む」前に「値段」を知る
後継者がいないことと、会社に価値がないことは、まったく別の話です。廃業は最後の手段であり、その前に「この会社は事業としていくらで売れるのか」を一度確かめる価値があります。数十年かけて育てた会社の締めくくりを、比較検討なしに決めてしまうのは、あまりにもったいないことです。
確かめた結果、廃業のほうが合理的というケースも確かにあります。それならそれで、納得して決断できます。怖いのは、選択肢を知らないまま、もったいない畳み方をしてしまうことだけです。
会社の価値を3分で確認できる無料の簡易株価診断をご用意しています。/shindan からどうぞ。