「後継者もいないし、借金を返し終えたら静かに会社を畳もう。純資産も残っているから、老後の資金には困らないはずだ」——そう考えている経営者に、ぜひ知っておいてほしい現実があります。廃業はタダではできず、帳簿上の純資産がそのまま手元に残ることはない、ということです。この記事では、廃業にかかるコストの内訳を具体的に解説します。

コスト①:資産は「簿価」では売れない

廃業コストの中で最も見落とされがちなのが、資産の目減りです。事業を止めた瞬間、会社の資産は「稼働中の設備」から「中古品・処分品」に変わります。

機械設備は、簿価2,000万円でも処分価格は数百万円ということが普通です。専用機械ほど買い手が限られ、撤去費用を差し引くとむしろマイナスになることさえあります。在庫も同様で、継続取引を前提とした定価では売れず、処分業者への一括売却では簿価の1〜3割が相場感です。売掛金も、廃業を知った取引先との関係次第では回収に苦労するケースがあります。

コスト②:従業員への責任——解雇と退職金

廃業は全従業員の解雇を意味します。30日前の解雇予告(または解雇予告手当)に加え、退職金規程があれば規程どおりの退職金支払いが必要です。従業員10名、勤続年数の長い会社なら、退職金だけで数千万円になることもあります。

金銭面だけではありません。長年支えてくれた従業員の再就職先の心配、取引先への説明と迷惑——廃業の心理的コストの大半は、実はここにあります。

コスト③:原状回復・撤去・処分

賃借している事務所・工場・店舗は、原状回復して返還するのが原則です。内装の解体、設備の撤去、産業廃棄物の処分。製造業や飲食業では、坪数によっては数百万円から一千万円超の見積もりになることがあります。自社所有の工場でも、売却のためには機械の撤去や土壌の確認が必要になる場合があります。

コスト④:手続きと税金

会社を消滅させるには、解散・清算の法的手続きが必要です。解散登記・清算結了登記、官報公告、清算期間中の税務申告——司法書士・税理士への報酬を含め、手続きだけで数十万円から百万円程度を見込みます。

さらに税金です。資産の売却で利益が出れば法人税等が課され、清算後に残った財産を株主(多くは社長自身)に分配する際、資本金等を超える部分は配当とみなされて課税されます。配当課税は総合課税のため、金額によっては高い税率が適用されます。個別の税負担は状況により大きく異なるため、実行前に必ず税理士等の専門家にご確認ください。

借入と経営者保証が残る場合はさらに深刻

ここまでは資産が負債を上回る前提の話です。借入金が残っている会社の廃業は、より深刻です。資産の処分代金で借入を完済できなければ、経営者保証(個人保証)により、不足分は社長個人の負担として残ります。自宅を手放して返済に充てる——そんな結末も現実にあります。

一方、M&Aでは借入ごと会社を引き継いでもらい、経営者保証は解除交渉を行うのが原則的な進め方です。「借入があるから畳むしかない」はむしろ逆で、借入がある会社ほど、廃業よりも承継の道を先に検討すべきだと言えます。

廃業にも「準備期間」が必要

なお、廃業を選ぶ場合でも、思い立ってすぐにはできません。取引先への納品・供給責任の履行、従業員への説明と再就職支援、在庫と設備の計画的な売却、賃貸借契約の解約予告——段取りよく進めても半年から1年はかかります。追い込まれてからの廃業は、処分価格の買い叩きと費用の膨張を招き、手残りをさらに減らします。

つまり、廃業とM&Aは所要期間がほぼ同じなのです。同じ1年をかけるなら、その時間を「畳む準備」に使うか「売る活動」に使うか。比較検討の価値は、この点からも明らかです。

数値例——簿価純資産8,000万円の会社の場合

モデルケースで見てみましょう。簿価純資産8,000万円(うち設備・在庫3,000万円)の会社が廃業する場合。設備・在庫の処分で2,000万円の目減り、退職金・解雇関連で1,500万円、原状回復・撤去で500万円、手続費用で100万円。ここまでで手元に残るのは約3,900万円、さらに清算時の課税を考慮すると、最終的な手取りは3,000万円台前半まで下がる可能性があります。帳簿の純資産の半分以下です。

同じ会社を「売った」場合との差

この会社に営業利益が1,500万円あったとすれば、M&Aでの売却価格の目安は時価純資産に営業権を加えた1億2,000万円超。税金と手数料を引いた手取りでも、廃業の2倍以上になる計算です。しかも従業員の雇用と取引先との関係は引き継がれます。詳しい比較は後継者がいない会社の選択肢——廃業とM&Aの手取り徹底比較をご覧ください。

廃業を決める前のチェックリスト

最終判断の前に、次の5点を確認してください。①廃業コストの見積もりを取ったか——設備処分・原状回復は業者見積もりで実額を掴む。②清算後の手取り試算をしたか——税金まで含めた最終手残りを専門家と計算する。③M&Aの概算価格と比較したか——決算書があれば短時間で目安が出ます。④従業員・取引先への影響を整理したか——特にキーパーソンの再就職と、供給責任のある取引先への手当て。⑤家族と話したか——廃業もM&Aも、家族の理解なしには進みません。

5つのうち1つでも未確認のまま「畳む」と決めるのは、時期尚早です。廃業は取り消しのきかない意思決定だからこそ、比較材料を揃えてから決めても遅くありません。

まとめ——畳むにも「準備と比較」が要る

廃業自体が悪い選択なのではありません。問題は、コストを知らずに「畳めば純資産が残る」と思い込んだまま決断してしまうことです。廃業の実額を見積もり、売却した場合と並べて比較する。その一手間が、数千万円の差と、従業員の雇用を守れるかどうかの分かれ目になります。

当社は公認会計士事務所として、M&Aの仲介だけでなく、廃業を選ぶ場合の清算手取りの試算も承っています。「売る前提の相談」ではなく、廃業とM&Aを同じ土俵で数字比較する中立の検討からで構いません。比較した結果どちらを選んでも、それはあなたが納得して選んだ答えです。

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