「会社は継ぐものであって、買うものではない」と考える方は少なくありません。しかし近年は、会社員や個人事業主が既存の会社・事業を譲り受けて経営者になる「個人M&A」が広がっています。ゼロから起業せず、既にある顧客・設備・従業員を引き継いで事業を始める個人が増えています。

「企業買収」と聞くと資金力のある会社同士の取引を思い浮かべ、個人には縁遠いと感じる方も多いはずです。しかし会社員や個人事業主であっても、株式譲渡や事業譲渡によって既存の会社・事業を引き継ぐことは可能です。ただし必要な資金は譲渡代金だけでなく、DD・専門家費用・仲介手数料・買収後の運転資金まで見込む必要があります。この記事では、個人が会社を買う際の必要資金、流れ、確認すべきポイントとリスクを、スモールM&Aを初めて検討する方に向けて整理します。

個人でも会社を買うことはできる?

結論から言えば、個人が会社や事業を買うことは可能です。買い方には次の選択肢があります。

  • 株式譲渡で会社そのものを買う。オーナー経営者が保有する株式を買い取り、会社の株主になる方法です。法人格はそのまま存続し、契約や許認可も原則として引き継がれます。
  • 事業譲渡で事業の一部・全部を譲り受ける。設備、在庫、顧客との契約、屋号等を個別に譲り受ける方法で、法人を新たに設立せず個人事業として引き継ぐことも可能です。
  • 必要に応じて法人を設立し、その法人を買い手にする。買収融資を利用する場合や事業規模によっては、自ら設立した法人が買い手となるケースもあります。

会社や事業を買っているのは大企業だけではありません。譲渡価格が数百万円〜数千万円程度のスモールM&Aの領域では、独立を目指す個人や事業を持ちたい会社員が買い手になる例が増えています。売る側の事情は個人事業・一人会社のM&Aで解説していますが、本記事はその逆——個人が買う側に立つ場合の考え方を扱います。

個人が会社を買うには、いくら必要?

「いくらあれば買えるか」に一律の答えはありません。必要な資金は、譲渡価格だけでなく次の項目の積み上げで決まります。

  • 譲渡価格。会社や事業そのものの価格です。時価純資産に営業権(将来利益の上乗せ分)を加味して決まるのが実務の目安で、会社売却の相場はいくら?でも解説しています。
  • 仲介・FA等の手数料。仲介会社やFA利用時に発生する成功報酬で、最低報酬額の設定が多く小規模案件ほど負担割合が大きくなります。
  • デューデリジェンス(DD)費用。財務・法務等の専門家に依頼して対象会社を調査する費用です。省略すると簿外債務等を見落とす可能性が高まります。費用の目安は買収監査(DD)の費用相場と依頼先の選び方で解説しています。
  • 登記・専門家費用。登記手続きや契約書確認にかかる司法書士・弁護士・税理士等への費用です。
  • 買収後の運転資金。譲渡価格を払い終えた後も会社を回す資金です。決済直後の資金繰り悪化は避けたいところです。

仮に譲渡価格1,000万円の案件でも、必要資金が1,000万円で済むとは限りません。本例では、DD・契約書作成・登記等の専門家費用、仲介会社等の手数料、買収後の運転資金を別途見込む必要があります。これらを積み上げると、譲渡価格そのものより総額は大きくなるのが通常です。必要資金は対象事業の規模や状態で変わるため、自己資金に加え買収融資も検討し、余裕ある資金計画を立てることが欠かせません。

個人が会社を買うまでの流れ

個人が買う場合も、基本的な流れは法人が買い手の場合と大きく変わりません。次のステップで進みます。

  • 買収したい業種・地域・規模等の条件設定
  • 案件情報の探索(仲介会社・マッチングサイト等)
  • 秘密保持契約(NDA)の締結
  • 売り手経営者とのトップ面談
  • 基本合意書(LOI)の締結
  • デューデリジェンス(DD)の実施
  • 最終契約の締結
  • 決済(クロージング)
  • 引き継ぎ・PMI(経営統合)

各ステップの詳細は会社買収の流れ——検討からクロージング・PMIまでの全ステップで、案件情報の集め方はスモールM&Aの案件の探し方で取り上げています。

会社を買う前に確認したいポイント

契約前に確認しておきたい点は次のとおりです。

  • 決算書の利益だけで判断しない。表面上の利益は役員報酬や経費の使い方次第で変わり、赤字でも調整により実質的な収益力が見えることがあります。
  • 借入金と個人保証。株式譲渡では会社名義の借入金は引き続き会社に帰属します。また、株式譲渡のみで売り手経営者の個人保証が自動解除されるわけではなく、解除には金融機関との協議・手続が必要です(中小企業庁「経営者保証に関するガイドライン」が目安)。
  • 社長が辞めても売上が残るか。売上が前経営者個人の人脈・技術に強く依存する会社は、経営者交代とともに事業価値が失われるおそれがあります。
  • 許認可・契約の承継。許認可の要件は業種ごとに異なり、株式譲渡と事業譲渡で承継の可否も変わります。契約の譲渡制限条項の有無も確認します。
  • 主要取引先・従業員の状況。取引先への依存度、従業員の年齢構成や定着状況は、引き継ぎ後の持続性に直結します。
  • 買収後の運転資金。決済後すぐに資金繰りが厳しくならないよう、引き継ぎ直後の資金計画も確認します。

株式譲渡と事業譲渡、個人にはどちらが向いている?

株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶかで、引き継ぐ範囲や手続きが大きく異なります。

方式

買う対象

法人格

契約

債務

許認可

DD

個人買い手の注意点

株式譲渡

会社の株式(経営権)

既存法人が存続

原則自動的に引き継がれる

法人格の存続に伴い、借入金や簿外・偶発債務等も会社に残る

原則として法人に残る

会社全体を広く確認

株主として、会社に残る簿外・偶発債務のリスクを引き受ける立場になる

事業譲渡

事業の資産・契約等

個人事業として引き継ぎも可能

相手方の個別承諾が必要な場合あり

引き継ぐ債務を個別に特定できる

許認可ごとに再取得が必要な場合あり

引き継ぐ資産・契約中心に確認

雇用契約の承継には原則として従業員本人の個別の承諾が必要

一般に、引き継ぐ資産・契約・債務等を個別に選びたい場合は事業譲渡、法人格や契約関係を維持したまま会社全体を引き継ぎたい場合は株式譲渡が検討されます。ただし、税務・許認可・契約・従業員承継等の条件で適切な方式は異なるため、専門家への相談をおすすめします。

個人で会社を買うメリット

個人が会社や事業を買うことには、次のようなメリットがあります。

  • 起業の時間を短縮できる可能性。許認可取得や設備投資、顧客開拓に要する時間を圧縮できる場合があります。
  • 顧客・売上基盤を引き継げる可能性。既存の取引先や継続売上があれば、開業直後から収益を見込みやすくなります。
  • 設備・人材・ノウハウを活用できる可能性。既存の設備や経験ある従業員、業務ノウハウをそのまま引き継げる場合があります。
  • 事業承継の受け皿になれる可能性。後継者不在の経営者にとって、引き継ぐ意思のある個人買い手は貴重な選択肢になり得ます。

ただし、これらはあくまで可能性であり、買えば利益が出ると決まっているものではありません。

個人M&Aで注意したい5つのリスク

個人が会社を買う際は、次の5つのリスクに注意が必要です。

  • 1. 簿外債務。決算書に表れない債務や保証、係争等を見落とすと、想定外の負担につながります。
  • 2. 売り手経営者への依存。前経営者が事業を一手に把握している場合、引き継ぎ後にノウハウが十分伝わらないおそれがあります。
  • 3. 主要取引先の離脱。経営者交代を機に、取引先が契約を見直す可能性があります。
  • 4. 従業員の離職。買収後の処遇や社風の変化を懸念し、キーパーソンが離職するリスクがあります。
  • 5. 買収後の運転資金不足。譲渡価格の支払いに資金を使い切り、直後の資金繰りが厳しくなるケースは少なくありません。

これらの多くは、契約前のデューデリジェンスと契約書の手当て(表明保証条項等)で軽減できます。個人が買い手でも、専門家への調査依頼を省略しないことが重要です。

よくある質問

Q. 会社員でも会社を買えますか。
A. 買えます。会社員のまま株式を取得する例もありますが、在職中は勤務先の副業規定や利益相反の有無を確認してください。

Q. 100万円程度でも会社を買えますか。
A. 譲渡価格自体が小さい案件もありますが、DD費用や運転資金も必要になるため、100万円だけで購入できるとは限りません。総額の見積もりが大切です。

Q. 借金のある会社を買うと、借金も引き継ぎますか。
A. 株式譲渡では対象会社の法人格が存続するため、会社名義の借入金は会社に帰属したまま残ります。事業譲渡では債務を個別に特定できますが、金融機関の承諾等が必要になることがあります。

Q. 赤字会社を買うメリットはありますか。
A. 赤字でも、役員報酬や一時費用の調整で実質的な収益力が見えることがあります。税務上の欠損金の扱い等の論点もあるため、理由を精査したうえで判断することが重要です。

Q. 個人で会社を買うときも、デューデリジェンスは必要ですか。
A. 必要です。決算書や契約書に表れないリスクを事前確認する重要性は、法人が買い手でも変わりません。規模に応じ簡易な調査にとどめる場合はあっても、省略はおすすめできません。

まとめ

個人が会社や事業を買うことは、決して特別なことではありません。ただし、譲渡価格だけでなく仲介手数料やDD費用、運転資金まで含めた資金計画、そして簿外債務や経営者依存等のリスクへの目配りが欠かせません。専門家の力を借りながら確認して進めることが、個人M&Aの近道です。

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