「決算書が赤字だから、うちの会社に買い手なんてつくわけがない」——会社売却の相談で、非常によく聞く言葉です。しかし結論から言えば、赤字であることと売れないことはイコールではありません。買い手は決算書の最終数字ではなく、「この会社を手に入れたら何が得られるか」を見ています。この記事では、赤字企業のM&Aが成立する典型的な5つのパターンを紹介します。

パターン①:実は黒字——「実質利益」で見ると景色が変わる

最も多いのがこのパターンです。中小企業の決算書は、節税の工夫が積み重なった結果として赤字になっていることがよくあります。

たとえば、オーナー社長と家族への役員報酬が合計4,000万円。生命保険料が年800万円。事業に直接関係のない車両や会費。これらを買い手目線で調整し直すと、営業赤字500万円の会社が、実質利益2,000万円の優良企業に変わる——ということが実際に起こります。M&Aの価格算定では、この調整後の実質利益が使われます(調整の仕組みは年買法とはで解説しています)。まず自社の決算書を「調整後」で見直すことが、赤字企業の売却検討の第一歩です。

パターン②:資産に価値がある

事業の収益力が弱くても、会社が持つ資産に価値があれば買い手はつきます。好立地の不動産、遊休地、有価証券などです。この場合、価格は時価純資産が中心となり、営業権はほとんど乗りませんが、廃業して資産を投げ売りするよりは手残りが大きくなるのが通常です。

パターン③:許認可・人材が欲しい

いま最も引き合いが強いのがこのパターンです。建設業の許可や経営事項審査の実績、運送業の緑ナンバー、介護事業の指定、産業廃棄物処理の許可——新規取得に時間と要件が必要な許認可は、それ自体が買収の目的になります。同様に、ドライバー・施工技術者・有資格者といった人材も、採用難の業界では「利益より人が欲しい」という買い手が現実に存在します。赤字でも、許認可と人材が揃っている会社は交渉の土俵に十分乗ります。

パターン④:顧客基盤・エリアが欲しい

同業の買い手にとって、貴社の顧客リスト、継続契約、営業エリアは、自力開拓なら何年もかかる資産です。買収後に自社の管理体制へ統合すれば、貴社単体では赤字だった事業が、買い手のグループ内では黒字化する——このシナジーを見込んで、赤字企業に値段がつきます。特に、地域密着型のサービス業や卸売業で多いパターンです。

パターン⑤:再生型——事業譲渡という選択肢

債務が重く、会社ごとの売却(株式譲渡)が難しい場合でも、価値のある事業部分だけを切り出して譲渡する方法があります。事業譲渡なら、買い手は必要な資産・契約・従業員だけを引き継ぎ、負債は原則引き継ぎません。会社に残った債務の整理と組み合わせる、いわゆる再生型のM&Aです。債務超過の場合の進め方は債務超過の会社は売却できるかで詳しく解説しています。この領域は法的な論点が多いため、実行の際は弁護士・税理士等の専門家への確認が不可欠です。

数値例——「赤字の会社」の値段がつくまで

パターン①の実例を数字で見てみましょう。決算書は営業利益▲500万円の会社。役員報酬が社長・配偶者あわせて4,000万円(適正水準は1,500万円)、節税目的の保険料が年500万円だったとします。

買い手目線の実質利益は、▲500万円+報酬超過分2,500万円+保険料500万円=2,500万円。時価純資産が6,000万円なら、年買法(実質利益×3年)での価格の目安は6,000万円+7,500万円=1億3,500万円です。「赤字だから値段はつかない」どころか、億単位の評価になり得る——これが決算書の表面と実態の差です。

売却前にできる2つの準備

赤字企業の売却成功率を上げる準備は、シンプルに2つです。

第一に、赤字の説明資料を作ること。何が原因でいくら赤字なのか、どの支出が実質的にはオーナーの裁量経費なのかを、勘定科目ごとに整理した一覧にします。買い手のデューデリジェンスで必ず問われる内容を先回りして示せれば、信頼と価格の両方が上がります。

第二に、直近期で改善の兆しを見せること。売却の1年前から不採算の整理や経費の適正化を進め、直近決算で改善傾向を示せると、買い手の「この赤字は構造的ではない」という確信につながります。赤字企業こそ、準備期間が価格を作ります。

赤字企業の売却で注意すべきこと

期待値の調整は必要です。黒字優良企業のような営業権(のれん)は乗りにくく、買い手探しにも時間がかかる傾向があります。また、赤字の原因を説明できることが重要です。「節税の結果」なのか「構造的な不採算」なのかで、買い手の見方はまったく変わります。原因を整理し、改善の余地を示せるように準備しておくことが、価格と成約率の両方を引き上げます。

よくある心配に答えます

「売却を検討していることが銀行に知られたら、融資を引き上げられないか」——検討段階で銀行に伝わることは、守秘義務のある専門家に相談している限りありません。むしろ金融機関にとって、廃業(貸出消滅)よりM&Aによる事業継続の方が望ましく、成約が見えた段階で丁寧に説明すれば、協力的に動いてくれるのが通常です。

「赤字続きで債務超過なのですが」——赤字と債務超過は別の問題ですが、債務超過でも事業に価値があれば道はあります。事業譲渡や、負債の整理と組み合わせた再生型の手法です。この場合は時間との勝負になるため、資金繰りに余力があるうちの相談が肝心です。

「買い手が見つかるまでどれくらいかかりますか」——赤字案件は黒字案件より時間がかかる傾向があり、1年程度は見ておくべきです。だからこそ、体力の残っているうちに動き始めることが、条件を守る最大の防御になります。

まとめ——「赤字だから」で諦めるのは早い

赤字には5つの出口があります。実質黒字、資産、許認可・人材、顧客基盤、そして再生型。自社がどのパターンに当てはまるかを確認するだけでも、廃業一択だった視界が開けます。

なお、当社の簡易診断は役員報酬の適正化調整を入力項目に含めているため、決算書が赤字の会社でも「実質ベースの値段」をその場で確認できます。表面の赤字に引きずられない、実態での試算を試してみてください。

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